私は根っからの動物好き。

私が5、6年生のころ、小学校の裏山に、よく子犬や子猫が捨てられていた。

それを拾ってきて、授業中、先生が黒板に向かって、私たちに背を向けたとたんに、すばやく子犬や子猫を教室の中で、みんなで回し合う。で、先生が振り向いて見つかりそうになると、机の下に隠して素知らぬふりをした。

先生が「さっき何か猫の鳴き声がしなかった?」と、怪訝そうに私たちに聞いても知らんぷり。

そして、家に連れて帰って、その度に母に叱られた。

「家では動物は飼われへんて、言うたでしょ!」と。

…………

野良犬が増えすぎて、保健所が犬狩りを行った時期があった。

「犬狩りが来たぞ!」という日は、なんとなく恐ろしく、あわてて家に隠れたものだった。

係の人が大きな輪っかを持って、犬を追いかけ回していた風景が、今もおぼろげながら記憶に残っている。

そして、私が小学校1年生の時、うちで飼っていた犬も犬狩りに遭って、連れて行かれてしまった。

たぶん首輪をしてなかったのだろう。

姉や兄たちが連れ戻してくれと必死に母に懇願したようだ。

けれども、母は引き取りにいかなかった。

なぜ引き取りに行かなかったのか、理由はわからない。

それ以来、私は母を冷たい人だと思っていた。

だから、動物は飼ってもらえないことは重々承知していた。

それでも連れて帰るのは、ある意味、母の気持ちを試す気があったのかもしれない。

…………

そういうことで、母には拾ってくる度に叱られた。

そして、再び裏山に戻しに行かされた。

ある時、私がまた子猫を拾ってきたとき、その日は時間が遅いからというので、一晩玄関に置くことは許してくれた。

そして、翌日戻しに行く時になって、母は子猫をギュッと抱きしめて、「ごめんね。うちでは飼われへんのよ」と泣いた。

その時、初めて私は母の気持ちがわかった。

母は冷たい人なんかではない、私が誤解していたのだ。

これ以上母に辛い思いをさせてはいけない。

それ以後、私は動物を拾ってくるのをやめた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ノウゼンカズラ

08_7nouzen11 真夏に咲く花では、ノウゼンカズラが好き。

中国では「凌霄花」と書くらしい。

小学生の頃、毎年夏休みには、兵庫県の山奥にある母の田舎で4、5日ぐらい滞在した。

母の目的はもちろん親の顔を見ることと、お墓詣り。

子どもにとっては退屈きわまりなかったけれど、施餓鬼の法要に参加する時、お寺の門前に、空を圧するほどの華やかなノウゼンカズラが、カーテン状に垂れ下がっていて、それはそれは見事な風情だった。

真夏の照りつける太陽と、むせかえる木々の緑、そしてノウゼンカズラのオレンジ色。

あの情景は、いまだに脳裏に焼き付いて離れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

USA for Africa - We are the world

マイケル・ジャクソン死す。

このごろは「スリラー」の動画ばかり見ている。

また、彼の作曲になる、「We are the world」の動画を見た。

何度聞いてもいい、この曲は。

この歌ができた当時はこの歌の価値がさほどわからなかった。

今改めて見ると、当代ピカイチの歌手が勢揃いで、特に後半のスティーヴィー・ワンダーとブルース・スプリングスティーンの掛け合いのところが抜群。

ディオンヌ・ワーウィック、ハリー・ベラフォンテも参加してたんだ、なんという豪華さだったのか。

これだけの仕事ができるマイケルが亡くなったことが本当に悔やまれてならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

讲习会

从昨天起今年开了我们班和镰仓市残疾人福利课协办第三次要约讲习会。

今年头一次用电脑要约笔记讲习会。

受训生有五个人。

都是对为了难听的人做福利活动很兴趣。

我十年前开始这个活动的时候,社会对要约笔记的关心很少。

当时,我也不知道这个活动的内容。

现在渐渐儿地社会理解的了这个活动。

第一次讲习会参加很多难听的人。

给我们主办的人和受训生关于社会为什么必要要约笔记讲话。

她是四十年前由于生病而难听。

以后又闭门不出,又想死。

可是现在有很多朋友,想得开愉快地生活。

差点儿忘了,我当这个讲习会的成员,觉得感动。

我希望受训生这个机会坚持到底,成为优秀的要约笔记者。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新入り

Dsc04099 Dsc04098 ボク 三太。

4月15日から来ました。

由緒正しい犬柄?の出で、もうすぐ4か月。

この家の3代目のワンコで、12月25日生まれなので、サンタ。

好きなこと、ボール遊び、花や草を食べること、土を掘ること、虫を追っかけること。

2代目は若くして逝ったので、家族の願いはとにかく元気で長生きしてほしいこと。

ここへ来て幸せだったと思えるように、居心地よくしてあげるからね。

またまたわが家の庭にワンコが出現したので、近所の人は「ほんとに犬が好きなんだねえ」とあきれ返っている。

でも、三太の駆け回る姿を見ていると、やっぱりわが家にはこういう風景がいちばん似合っていると思う。

その代わりあまり長時間ホイホイ出かけられなくなった…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

若年性アルツハイマー

ブログ炎上!という事件以後、ブログに対する熱が少々冷えてきた感がする今日この頃。

DVDで映画「明日の記憶」を念入りに見た。

泣けた。特に自分の妻の顔もわからなくなる最後のくだりで、涙が止めどなく流れた。

現在「業病」という言葉は死語になりつつあるが、この言葉が何度も頭をよぎった。

町のCD・DVDレンタルショップに「アルツハイマー関係」というコーナーが出現するぐらい、これを扱う映画が増加し、この病名は一日として聞かないことがない。

自分もいつなるかもしれない、他人事ではない、そういう恐怖心が常につきまとう。

映画の中の台詞:

「俺が俺でなくなってもお前は平気か?」 「平気じゃないよ、私だって怖い」

「もし今までの自分が消えてしまうのなら、何かを書き残しておかなければ
ならないと思った。」

今書いているこのブログも、何かの役にたつことがあるのだろうか?

自分を残しておくために…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気遣い

ふつうゴミ出しは朝8時までのきまりになっている。

でも、今日は朝バタバタしていて、ゴミ出しを忘れた。

気がついた時は、すでに9時半を回っていた。

うちのすぐ前にクリーンステーションがあるので見ると、まだゴミ集めに来ていないようだった。

急いでチラシの束と段ボールを持って出た。

ちょうどそこへ回収車がきて、係員が2人出て来た。

こんな時間に出して、さぞや白い目で見られるだろうと思い、「すみません、すみません」と謝りつつ、ゴミを置いて急いで家に入ろうとしたら、「まだありますか?」と後ろから声がした。

「もうありません、ありがとうございます。」とお礼を言った。

なんだか心にほわっとしたものを感じた。

市にゴミ回収を委託された業者とはいえ、遅いゴミ出しの人に親切に声をかけてくれた、その気持ちがうれしかった。

世の中まんざらでもないなと、ちょっと心が温かくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

道案内

午後に用事ができて、用意していなかったお弁当を買いに外へ出た。

四つ角に出たところで、地図を片手に20代と思われる若い女の子が私に近づいて来た。

「お好み焼き屋さんの~はどこですか?」と。

そのアクセントが何となく違っていたので、「你是中国人吗?」と言ったら、「我是台湾人。」だと。

ちょうどその方向に行くところだったので、「そこまで一緒に行きましょう」と言って、そこの入口まで連れて行ってあげた。

連れはその子の他にもう1人若い女の子とちょっと足を引きずっている男の子がいた。

男の子がゆっくりしか歩けないようなので、後ろの二人に「慢慢儿走吧!」と言ったらにっこり笑った。

そうか、最近街角で中国語をよく耳にすると思ったら、台湾からの観光客がたくさん来ていたのだな。

前にも一度バスの中で中国人の夫婦に降り方を教えてあげたことがあった。

せっかくだからもう少し特訓して、ペラペラと中国語で観光ガイドができるようにしなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あけおめ

成人式の日になって、やっとブログも更新されることに…。

このごろ思うこと。

世の中には住む家もなく、野宿する人もいるというのに、暖かい部屋でこんな暢気にブログなどを更新できるだけでも幸せだと。

その上健康を損ねたり、家族が不幸せだったりすることがないだけでも良しとしよう。

贅沢は言うまい。

バブルの時期は特に何の意識もなかったけれど、やはりそれなりの恩恵は受けていたのかな。

幸せは不幸せになって初めていとおしく思えるもの…今この時を大切に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第九

またまた第九の季節到来!

You-Tubeで第九の聞き比べをやってみたが、やはりカラヤンのが一番自分の波長に合っていて、心地よかった。

同じカラヤンのでも、他のシンフォニーでは派手過ぎたり、スピードが速すぎたりして、なんとなくしっくりいかないものもあるけれど、第九に限ってはバーンスタインよりも、ワルターよりももちろんフルトベングラーよりも(ちと古い!)、断然よかった。

明日はNHK衛生第2では午後1時から、NHK教育では午後8時から第九が放送される。

指揮はレナード・スラットキン。現代の第九は果たして?

おせち料理を作りながら楽しみに聞くことにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«クラシックギター